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| 燃える博多っ子 7月1日から「飾り山笠」と呼ばれる博多人形などで飾られた豪華な山笠が福岡市・博多区でいっせいに披露され、9日からは海からお汐井という清め砂を取り櫛田神社に参拝してお祭りの無事、成功を祈願し、10日から14日まで、それぞれの行事を行ないます。 元は陰暦6月14日・15日の2日間だったものが、やがて15日まで拡大された背景には、山笠をこよなく愛する博多っ子の熱い思いが宿っているようです |
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博多三大祭 博多祗園山笠は別名「博多やま」ともいい、九州最大の祗園祭であることはいうまでもないでしょう。 また、「どんたく」「放生会」と並んで博多三大祭にも数えられ、特に山笠行事は国指定重要無形民俗文化財に指定されています。山笠は仁冶2年(1241)年に始まったといわれ、承天寺の弁円国師(べんえんこくし)が町人のかつぐ施餓鬼棚(せがきだな)に乗り、疫病退散の聖水をまいて回ったのが起源とされています。 |
| 「飾り山笠」と「追い山笠」 その勇壮さは往時から受け継がれてきました。かつては高さ15Mもある飾り山笠を4本柱のままかついでいましが、その後、近代都市化が進み、電線や建物が増えたため、山笠は「飾り山笠」と「追い山笠」のふたつに分かれました。前者は6尺4方の台の上に四本柱を立てて、先端部分を竹の枠で囲み、そこにきらびやかな飾り物を組み込み、後者は飾り山笠の台だけを取り外して26人の「かき手」がかつぐことになっています。 |
| 全速力での疾走 10日、「流れかき」といわれる追い山笠の町内めぐり、11日は他流れかきと称して他の当番町を誇らしげにめぐって行きます。ついで12日は「追い山ならし」といわれ、山笠をかついで本番さながら櫛田神社から市中へ疾走します。さらに13日・14日も町内や他町をめぐりしだいに熱を帯びてきます。そして、15日の早朝ついにクライマックスの追い山笠がやってきます。 各山笠が櫛田神社に終結し、はっぴ姿にねじり鉢巻を締めた男たちが1トンもある一番山を動かし、5分後とに境内を1周、早朝の町に出発します。豪快に打ち鳴らされる大太鼓を合図に1番から順次、全速力で疾走を開始します。行く先は5キロ先の須崎町。全身全霊を打ち込んだ迫力ある走りが続きます。 |
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