青森ねぶた
(東日流吐王「安日彦・長髄)
青森県 青森市
P20号
縦727×横530
心のけがれを灯篭に託して・・・・ ねぶたの起源は諸説あり、一時期取り上げられた坂上田村麿が蝦夷征伐の折に敵をおびき出す作戦として作った大灯篭をねぶたの起源とする説は伝説にすぎないと言われています。 歴史の文献をひもとくと文禄2(1593)年に津軽為信公が京都で孟(う)蘭(ら)盆会(ぼんえ)に際して2間(約3.8メートル)四方の大灯篭を作ったとする「津軽偏覧日記」の記述や、享保7(1722)年7月6日付けの弘前藩庁「御国日記」に出てくる「ねふた」「ねむた」の文字から、ねぶたの起源をうかがい知ることが出来きます。 民俗学的な見方からは、全国各地に伝えられる「眠り流し」、つまり心身のけがれを灯篭に託して川に流すという七夕行事の一つであるという考え方もあります。秋田県では、「ねぶた流し」や「ねぷた」と呼ばれる眠り流しの行事が存在します。 もとは七夕の「眠り流しから」 一般的に青森市は「ねぶた」で、弘前市は「ねぷた」と言われています。しかし、このあたりの変遷も実にさまざまで戦前は青森市でも「ねぷた」と呼んでいたと言い、弘前でも明治以前の文献に「ねぶた」と記述されているものをしばしば見かけます。 どちらにしても七夕の「眠り流し」で灯篭をもって歩く時に囃した「ねぶた流れろ 豆の葉さ止まれ」という言葉が語源と考えられています。 青森ねぶたは「人形ねぶた」と呼ばれています。大きな台の上に、木を芯にした骨を作り、竹や針金などで人物の形を組み上げてわしを貼り付け、彩色する。人形ねぶたの題材には、歌舞伎ものや、三国志、水滸伝からの中国物、源平合戦などの歴史もの、神話などがあります。「ハネト」の存在も青森ねぶたには欠かせません。 規模が拡大していく祭の中で、一般の人がその一員として参加できる貴重な場となりつつあります。 「出せ、出せ、出せよ!」から転じた? 「ラッセ、ラッセ、ラッセラーッ」 これが青森ねぶたの掛け声だ。戦後、子供達が集まってねぶたをつくり、近所を回ったときに「ロウソク出せ、ロウソク出せ!出さねばカッチャクど!それでも出さねば食っつくど! 出せ!出せ!出せよ!」この「出せ、出せ、出せよ!」が転じて「ラッセ、ラッセ、ラッセラーッ!」になったと言われています。
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